2017-01-29  その他の趣味 

夜明け前

 「木曽路はすべて山の中である」から始まる島崎藤村の「夜明け前」の長編小説は有名ですが、藤村の生まれ故郷の木曽郡山口村馬篭宿は地理的な不便さもあって、2005年に越県合併で岐阜県中津川市に編入されてしまい、長野県民としては非常に残念でした。
 
 木曽福島に夜明け前の原稿のレリーフがあると聞いていましたが、見ることなくいましたところ近所の木曽の小学校の校長をなさった方から拓本を頂くことが出来ました、それも30年以上も前のことでいまだに表装してありませんが、今回の片付けで出てきました。

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 木曽路といえば、当市の贄川に「是より南木曽路」の碑があり、藤村の生まれ故郷の馬篭には「是より北木曽路」の碑があります。
 木曽路も塩尻市の奈良井宿までは奈良井川沿いで、この奈良井川は犀川、千曲川、信濃川と名前を変えて日本海に流れ出ていますが、鳥居峠を越えると木曽路も木曽川沿いとなります、もちろん木曽川の名前で太平洋に流れ出ます。
 木曽路は日本海に流れる川と、太平洋に流れる川と双方の川に沿って走っているのです。

 先日、拍手コメントに嬉しいコメントを頂きました、思うように体が動かず少し落ち込んでいたところでしたので元気を頂きました、木曽川水系の釣りを愛し、楽しんでいる者として嬉しく思い、皆さんにも見ていただきたくご紹介します。

 「いつも読ませていただいております。何とかお元気でお願いします。小生はまだ年金生活に入ったばかりの若造ですが、貴兄のブログに羨ましくもあります。信州のイワナに魅せられ、釣友と2年前から開田方面に釣行しております。なかなか思うようにはいきませんが、天空爺で楽しく青んでおります。もちろん釣友もテンカラです。春が待ち遠しいですし、今年も信州へ出かけたいと思っております。釣り好き老人を応援してます。」 

 非公開で頂いた場合、返信機能がありませんので多分返信の手間を気遣っての投稿だと思いますが、勝手ながら公開させていただきました。
 宮城様、木曽川水系は支流も多いし魚も濃いです、釣ばかりでなく自然を満喫するだけでも良いと思います、是非お出かけください、山菜やキノコを採るのは最近はなかなか地元の人達の理解は得られませんが、写真はいくらとってもいいので木曽路を堪能していただきたいものです、私も、ババに車に乗せて貰ってでも竿を出してみたいと頑張るつもりです、ありがとうございました。





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2017-01-17  その他の趣味 

愛のかたち 

 何でも取っておく習性から少しは抜け出さなければと、動けるうちにいろいろな物の整理を始めてはいますが、これがなかなか捨てられず困ってしまいます。
 40年ほど前になりますが、拓本、特に道祖神の拓本を採って歩く趣味があって、県内いろいろな所を歩きました。

 信濃路には道祖神が多いです、中でも安曇野の道祖神は有名ですが、私の近くにも沢山あります。
 そんな道祖神の中でも山形村の道祖神には美しいものがあります、当時は採拓(拓本を採る事)していても地元の人は何も言いませんでしたが、少しブームになってから禁止する所が多くなりました、そのころ職場の仕事で広報誌を担当していた関係で、印刷業者と懇意でしたので、何かに使えるかと100枚ほど印刷したのです、和紙に印刷でしたので結構なお値段、印刷物ではなんの価値もないのに若さと言いますか、バカさと言いますか・・・・。
 それがこれです、欲しい人に少しお上げしましたがまだ7~80枚はあるズラ。

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 山形村下大池、安政7年(1795年)の作です、道祖神には男女の愛のカタチを表現したものが多いですね、この道祖神は若い男女の優雅な顔立ちから、幼なじみの恋を詠んだ伊勢物語の恋心の歌から「筒井筒」と言われています、すでに何回かこのブログに登場していますので顔なじみ?かもしれませんが・・・・。

6_(4)_convert_201701.jpg これは、紙を網戸に貼って墨汁をスプレーで吹き付け黒く染めて、墨の代わりに銀粉をタンポンで打ち付けて採ったものです、写真が反射してよく写っていませんが、同じものでも変わった感じですね。




 これが実際の写真ですが、山形村HPからお借りしました。

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 お寺や、神社の神々とは違った信仰の形、集落の入り口や分かれ道などに忘れ去られたようにポツンと祀られている道祖神の多くは顔などが摩耗したものが多いですが、立派な文化財ですね。

6_(8)_convert_2017011.jpg 以前にも紹介しましたが、上伊那郡辰野町堂村の道祖神です。
 モンペ姿で笑ったように見えるこの道祖神は拓本仲間でも人気でした。












6_(6)_convert_2017011.jpg そして、地名にも興味を持って行ってみた白馬村青鬼(あおに)の道祖神です、男性が杯を女性がヒョウタンを持ち、髪を飾った格好はあまり馴染みのない形ですが、何かいわれがあるのでしょうか。  



6_(5)_convert_201701.jpg 写真はこんな形になっています。






 採拓した道祖神は沢山ありますが、道祖神自体が長い年月のため顔かたちが傷んだものが多いです、今回は見た目にも美しいものだけを選んで載せてみました。


                                                
2016-02-20  その他の趣味 

線彫り観音

 生家近くの観音堂の裏山に33体の線彫り観音像があります、観音様の石仏はよく見られますが、線彫りの観音様は珍しいものです。
 私の想像ですが、この小さな山村の集落、資金的にもなかなか立派な観音様を祀ることは出来ず、谷を流れる川の石に観音様を刻み、このお姿を拝むことで、西国三十三ケ所巡礼の代わりにしたのではないかと思うのです。

 観音堂の裏山に不規則に点在しています。
 写真はこの集落の写真集からお借りしました。

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 一番目の石にはこんな歌が刻まれています。

 観音の御影を石に写し絵の
            おのが筆にも涙こぼるる      文化14年(1817年) 

 拓本を趣味にしていたころ採択した一部をご紹介します。

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 釣りに行った山村の集落の帰り道、路傍にたたずむ石仏などに目をやりますと、釣りをしててよかったとしみじみ想うものです、仕事の事や厭なことをすべて忘れ無心に竿を振る、釣り人でないとわからないこのひとときが私にとっては最高の幸せなのです。

 


 タモ作り 1

 渓流タモ用のカヤの木がありますので、ゆっくりとタモを作ることにしました。
 カヤの木のタモは初めてです、ネズミサシの木より素直な形になっていますので作りやすいですが、強度では少し落ちるかもしれませんね。
 山から取って来たら乾燥する前に皮をむき、大体の形にして乾燥させます、半年は必要でしょう、切り口や節の部分はひび割れを防ぐためにテープを巻いて置きました、28㎝のタモにするため計算してカットします、このとき真ん中の取っ手の出ている部分は切り落としておくことです、丸くしてからでは鋸が入りにくくなります。
 この位のゆがみでしたら、まん丸く出来ます、次回をお楽しみに。

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2016-02-04  その他の趣味 

駆け落ち道祖神

 私の生まれ育った集落には、道祖神が沢山ありますが、今回は変った道祖神を紹介します。 
 信州には道祖神が多いですが、多くは双体道祖神です、そして、愛のかたちを表現したもの、いわゆる男女が肩を組んだり、祝言の盃を交わしたりする物が多いですね。
 さらに驚くのは男女の行為らしいものもこちらにあります。

 村の入り口や分かれ道に多く祀られているこの道祖神は、集落の守り神と同時に、家庭円満、安産を祈願したものだったと思います。
 そして、今回紹介する道祖神は、二人が手を取り合って逃げるような仕草から、駆け落ち道祖神と呼ばれているものです。
 拓本を趣味としていた昔に採択したもので、表装はしてなく採りっぱなしのものですがご覧ください。

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 この道祖神、男女が手を取り合って逃げる様に似ているところから、このような名前で呼ばれていますが、実際は、子供たちの鳥追いの姿を刻んだ道祖神だと言うのがお寺のご住職の見解です。
 
 確かに、1月15日、この道祖神には子供たちだけのお祭りがあって、夕方十能を火箸で叩きながら大きな音を出し、家々を回ったものです、その時の掛け声を思い出して紹介します。
 (十能=堀コタツに囲炉裏のオキを運ぶためのスコップの小さなもの)

  今日はだ~れの鳥追いだ、次郎太郎の鳥追いだ、お~れもちょっと追ってやろ、
    ホンガラホ~イ、ホンガラホ~イ。


 私もこの集落から、今の所に出てきてもう50年、今はどうなっているのか知りませんが、子どもの頃の事はいつまでも覚えているものです。
 
 車で20分もあれば行けるところですが、今回は集落の写真集から転載しました。


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 立春を過ぎましたが、我が家の北側の屋根はツララがご覧の通り、まだまだ春は遠いですね。

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2014-11-11  その他の趣味 

柳生十兵衛の眼帯

天保通宝です、昔、収集仲間から分けて頂いたものですが、ずっしりと重量感がある大きな貨幣ですが、流通当時も現在もあまり価値が無いようで、価値が無いので柳生十兵衛が眼帯代わりに使ったなどの話を聞いた事がありますが、面白い発想ですが、それは無いでしょうね。

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63+(5)_convert_201411.jpg一般的には、柳生十兵衛は刀の鍔などを眼帯にした絵が良く見られますが、あんな重い物を果たして眼帯に出来る物かどうかも疑問ですね。

写真は脇差の鍔で刀のよりちょっと小型ですが、使うとしたらこんな感じの物ですか?
小柄と笄の穴に紐を通せば付けられない事はないですが、天保通宝では穴1つこれでは無理でしょう、小説上の話でしょうからどちらでも良い事なんで、眠れないほど考える事でもなさそうです。

そして、この天保通宝ですが、なりは大きくても役に立たない価値のない人の事を天保通宝と呼んだ時代もあったようです、重さは約20g大きいですね。

そんな評判の良く無い天保通宝ですが、個人的には骨董価値が無くても、大きさ、重量、デザインなど好きです。

こちらのは少しだけ価値がありそうですね。

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画像では大きく見えますが、一分銀が約8グラム、一朱銀が約2グラム位で小さなものです。

記事内の画像はクリックで拡大します



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名前 : ハックル70
山国 信州に住む老人です、奈良井川・木曽川水系の川や山を楽しんでいます、どうぞよろしく。

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